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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)146号 判決

原告 フジコン株式会社

被告 特許庁長官

主文

一  特許庁が昭和五六年審判第三五〇六号事件について昭和六〇年七月一八日にした審決を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二(原告) 請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年八月二日、意匠に係る物品を「端子盤」とする登録第四八二〇七〇号意匠(以下「本件本意匠」という。)を本意匠とする別紙(一)のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)につき類似意匠登録出願をしたところ、昭和五六年一月三一日拒絶査定を受けたので、同年二月二五日審判を請求し、右審判請求は昭和五六年審判第三五〇六号事件として審理されたが、昭和五八年九月一日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)があり、その謄本は、同年一一月二日原告に送達された。

そこで、原告は、同年一一月三〇日東京高等裁判所に右審決の取消訴訟を提起し、右訴訟は同裁判所昭和五八年(行ケ)第二三二号事件として審理され、昭和五九年九月一七日審決取消の判決(以下「取消判決」という。)があり、右判決は確定した。特許庁は、原告の前記審判請求について再び審理をし、昭和六〇年七月一八日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年八月六日、原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本願意匠の基本的な構成態様は、側面形状をほぼ踏み台状として上段及び下段を設け、全体を横長状とした端子台において、各段上にねじ複数個を横一列に等間隔に並設し、各ねじの間に横長矩形板状とした仕切板を並設し、端子台下面において、先端を半円弧状とした細長片状端子複数本を各ねじの下後方に横二列に並列して突設したものとしている。

そして、本願意匠の具体的構成について、下段において、両端に設けた各小円孔の間にねじ八個を並設し、各ねじの両側にねじ頂部とほぼ同じ高さとして仕切板九枚を並設し、上段において、両側板をそのまま仕切板として設け、その間にねじ九個を並設し、各ねじの両側にねじ頂部とほぼ同じ高さとした仕切板八枚(両側板をあわせると一〇枚)を並設し、下段のねじは上段より二分の一分だけ内側にずらして並設したものとし、端子台下面に突設した各端子の形状につき、先端近くに小矩形状切欠き部分を穿設し全体を細長片状としているものである。

2  これに対し、意匠に係る物品を「中継端子」として昭和五二年九月二六日に出願した昭和五二年意匠登録願第三八一八〇号の別紙(二)のとおりの意匠(以下「引用意匠」という。)の基本的な構成態様は、側面形状をほぼ踏み台状として上段及び下段を設け、全体を横長状とした端子台において、各段上にねじ複数個を横一列に等間隔に並設し、各ねじの両側に横長矩形板状とした仕切板を並設し、端子台下面において、先端を半円弧状とした細長片状端子複数本を各ねじの下後方に横二列に並設して突設したものとしている。

そして、引用意匠の具体的な構成態様は、上下両段において、両端に設けた各小円孔の間にねじ六個を並設し、各ねじの両側にねじ頂部とほぼ同じ高さとした仕切板七枚を並設したものとし、端子台下面に突設した各端子の形状につき、先端近くに小円孔を穿設し全体を細長片状としているものである。

3  本願意匠と引用意匠を比較検討すると、両意匠は、意匠に係る物品が共通し、形態の基本的構成態様において一致するものであり、その具体的な構成態様において、次のとおりの共通点及び差異点を有している。

共通点は、(イ)下段の両端に設けた各小円孔の間に、同一形状としたねじ(六個ないし八個)を並設し、各ねじの両側に同一形状とした仕切板(七枚ないし九枚)を並設している点、(ロ)上段において、下段上に並設した各ねじ及び仕切板と同一形状としたねじ(六個ないし九個)と仕切板(七枚ないし八枚)を同一の態様で並設している点、(ハ)各ねじの高さを各仕切板とほぼ同じ高さとしている点、(ニ)端子台下面に突設した各端子につき先端近くに小さい切欠き部分又は透孔を穿設している点等である。

次に差異点は、(イ)引用意匠では、両段上に並設したねじ及び仕切板の数が等しく、これらが上下段において並行しているのに対し、本願意匠では、下段の方が上段より数が少なく、下段では上段より二分の一分だけ内側にずれて並設されている点、(ロ)端子台下面の各端子の先端近くについて、引用意匠では小円孔を穿設しているのに対し、本願意匠ではコの字状(小矩形状)の小切欠き部分を穿設している点等である。

以上に述べた両意匠の形態上の一致点若しくは共通点及び差異点を総合し、各全体について考察すると、まず、両意匠において一致している基本的な構成態様は、各形態全体の骨格であるとともに、その構成上の特徴を如実に表わしているものである。そして、この点は、右の具体的な構成態様における共通点と相俟つて、この種の意匠としては従来みられなかつた構成態様を表出しているものであるから、両意匠の類否判断を左右する支配的要部と認められる。

これに対し、前記差異点(イ)及び(ロ)における本願意匠の構成は、いずれも、この種の物品の分野において本願出願前より広く知られているところであり、本願意匠ではこれらの点につき従来より知られた態様のとおりとしたにすぎないものと認めざるを得ない。また、その他の点の差異は全体としては極めて小さいものと認める。

以上のように、本願意匠における差異点は、従来より広く知られた意匠に基づいて極めて容易になし得た細部の形状の改変にとどまり、形態全体の構成態様を左右する程固有な特徴をもつた構成部分とは認められない。

そして、両意匠は、意匠に係る物品が共通するとともに、両意匠の要部であるところの形態上の特徴を表出している基本的な構成態様において一致し、具体的な構成態様においても共通点が認められるものであるから、前記差異点の存在にかかわらず、なお各全体としては類似することを免れない。

4  本願において本意匠とした意匠登録第四八二〇七〇号の別紙(三)のとおりの意匠(本件本意匠)と本願意匠を対比すると、両者は意匠に係る物品が「端子盤」である点では共通しているが、基本的構成態様の以下に示す構成部分において顕著な差異がある。即ち、踏み台状とした端子台の基本形状について、本願意匠では上段及び下段を設け全体を横長状としているのに対し、本件本意匠では上段、中段、下段の三段を設け、全体の平面形をほぼ正方形としている点に差異があり端子台下面に突設した端子について、本願意匠では二列としているのに対し、本件本意匠では三列としている点に差異がある。

更に両意匠の具体的な構成態様を対比すると、本願意匠では、下段において両端に設けた各小円孔の間にねじ八個を並設し、各ねじの両側に仕切板九枚を並設し、上段において両側板をそのまま仕切板としてその間にねじ九個を並設し、各ねじの両側に仕切板八枚を並設し、下段の各ねじは二分の一分だけ内側にずらして並設したものであるのに対し、本件本意匠では、上中下段において両側板をそのまま仕切板とし、その間にねじ各六個を並設し、各ねじの両側に仕切板各五枚を並設したものとしている点において顕著な差異が認められる。

このように、両意匠の構成態様を全体として総合的に比較すると、共通点に比して差異点が多く、その差異点は形態全体の構成態様を左右するものと認められないから、両意匠は類似するものということはできない。

したがつて、本願意匠は本件本意匠に類似しないものであり、意匠法一〇条一項に規定する自己の登録意匠のみに類似するものということはできない。

5  以上のとおり、本願意匠は引用意匠に類似し、意匠法九条一項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当しないものであり、かつ本件本意匠に類似しないものであるから、その意匠について類似意匠の意匠登録を受けることができない。

三  審決を取消すべき事由

審決の理由の要点1の本願意匠の基本的構成態様は認め、具体的構成のうち上下各段において各ねじの頂部とその両側の各仕切板がほぼ同じ高さであることは否認し、その余は認める。各仕切板は各ねじの頂部より若干低い高さで並設されている。また、上段においては両側板をそのまま上方へ延長して仕切板とする構成が採られ、上下の仕切板の正面側縁部はそれぞれ端子台の上段又は下段の正面側壁面よりも前方へ突出している。同2の引用意匠の構成態様のうち仕切板の高さを否認し、その余は認める。同3、4、5は否認する。審決には次に述べる違法があるから取消を免れない。(以下において、前審決の審判手続を「取消前審判手続」といい、本件審決の審判手続を「取消後審判手続」という。)

1  手続上の違法(取消事由(1))

(一) 特許庁は、本願登録審査手続において、引用意匠を引用して「本願意匠は意匠法九条一項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当しない。」との拒絶理由通知を発しただけであり、審査及び取消前審判手続においては専ら本願意匠と引用意匠の類否が審理され、本願意匠と本件本意匠の類否は全く審理されておらず、右両意匠が非類似であり、本願意匠が同法一〇条一項に該当しないことについての拒絶理由通知は発せられなかつた。

かかる経緯と類似意匠出願であつても例外なく当該類似意匠登録出願日をもつて先後願関係を判断する特許庁の実務からみれば、本願が類似意匠登録出願である以上、特許庁が本願意匠と本件本意匠の類似性について否定的な見解を示さない限り、前記拒絶理由通知は、右両意匠が類似するとの判断を前提として発せられたものと解するのが相当である。

したがつて、右拒絶理由通知の記載から本願意匠と本件本意匠が非類似であるという拒絶理由も存在するということを想到することはほとんど不可能である。

(二) しかるに、本件審決は意匠法九条一項のほか本願意匠が本件本意匠と非類似であることを理由に同法一〇条一項に該当しないとして本願意匠の登録を拒絶しているのであるから、特許庁は右の同法一〇条一項に該当しないとの拒絶理由に対応する意見書提出の機会を出願人たる原告に与えるため、取消後審判手続において改めてその旨の拒絶理由通知をすることが必要であつたが、これを怠つた。このように、右の拒絶理由通知をすることなくなされた本件審決は意匠法五一条二項で準用する特許法五〇条所定の手続に違反する違法なものである。

2  実体上の違法(取消事由(2))

(一) 本願意匠は本件本意匠に類似するから、本件本意匠の後願である引用意匠との類否にかかわらず、本件本意匠の類似意匠として登録を受けることができるものである。

(二) 仮に本願意匠と本件本意匠が非類似であるとしても、本願意匠は引用意匠に類似しないから、独立の意匠として登録を受けることができるものである。

(三) しかるに、本件審決は本願意匠の登録を拒絶したから違法である。

3  よつて、本件審決の取消を求める。

第三請求の原因の認否及び主張

一  請求の原因一及び二は認める。同三のうち、本願意匠の登録審査手続において原告主張のような意匠法九条一項に該当しないことを理由とする拒絶理由通知が発せられたこと、本願意匠の登録審査手続、取消前及び取消後審判手続を通じ、本願意匠と本件本意匠が非類似であることを理由とする同法一〇条一項の拒絶理由通知が発せられなかつたことは認め、その余は争う。

二  主張

1  取消事由(1)について

(一) 意匠法一七条によれば、意匠登録出願が同条所定の各号の一に該当するときはその出願について拒絶査定がされる。意匠の一般的登録要件には同法三条、五条、九条等の実体要件と同法七条等の手続要件とがあり、類似意匠についてはこれらのほか同法一〇条一項の特別要件が付加されている。そして、例えば、類似意匠登録出願の意匠について、一の実体要件を欠く場合には直ちに登録要件を欠くものとして拒絶理由通知の対象とされるのであり、仮に審判において手続要件又は特別要件の不備を拒絶理由として改めて通知したとしても、既に拒絶理由が存する以上請求人の対応いかんにより審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(二) これを本件についてみれば、本願意匠が意匠法九条一項の意匠に該当しないものである以上、改めて本願意匠が同法一〇条一項に該当しない旨の拒絶理由を通知したとしても、原告から審決の結論に影響が及ぶ新たな意見が提出されることの期待はできず、また、仮に原告が本願を独立の意匠登録出願に変更したとしても、同法九条一項の登録阻害原因は解消されず、結果的に本願意匠が登録されることはないから、このような場合に新たな拒絶理由通知を要しないものとして進行した審理手続は適法である。

2  取消事由(2)について

争う。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一及び二は当事者間に争いがない。

二  取消事由(1)について

1  本件審決が本願意匠と引用意匠は類似し、本願意匠と本件本意匠が類似しないと認定したうえ、本願意匠は、意匠法九条一項に規定する最先の意匠登録出願人に係る意匠に該当せず、かつ同法一〇条一項に規定する自己の登録意匠にのみ類似する意匠にも該当しないとして、本願意匠の登録を拒絶したことは請求の原因二に摘示したところから明らかであり、また、本願意匠につき、その登録審査手続において原告主張のような意匠法九条一項に該当しないとの拒絶理由通知が発せられたこと、登録審査手続、取消前及び取消後審判手続を通じ、本願意匠が本件本意匠と非類似であり同法一〇条一項に該当しない旨の拒絶理由通知が発せられなかつたことは当事者間に争いがない。

ところで、類似意匠として出願された意匠が自己の登録意匠のみに類似することを要する旨の意匠法一〇条一項は、類似意匠登録を受けるための特別登録要件を定めたものであるから、本件本意匠の類似意匠として出願された本願意匠が本件本意匠に類似しなければ、右の登録要件が欠けることはいうまでもない。しかして、前記のとおり登録審査手続において本願意匠が本件本意匠と非類似であり、同法一〇条一項に該当しないことを理由とする拒絶理由通知は発せられていないから、審判において後者の点を理由に本願意匠の登録を拒絶するためには、意匠法五一条二項、特許法五〇条により、特許庁は出願人である原告に対しその旨の拒絶理由通知を発し、意見書の提出及び補正の機会を与えなければならない。したがつて、本件審決がかかる手続を履践することなく、本願意匠が同法一〇条一項に該当しないことを理由としてその意匠登録を拒絶した点は違法であるといわなければならない。

2  被告は、本願意匠が意匠法九条一項の意匠に該当せず類似意匠登録ができないものである以上、原告主張のような同法一〇条一項に該当しないことを理由とする新たな拒絶理由通知は必要ない旨主張するので、この点について検討する。

(一)  先ず、本件本意匠、引用意匠及び本願意匠の出願登録等の関係を時間的経過にしたがつて記載すると、次のとおりである。

(イ) 昭和五一年六月二四日本件本意匠出願(成立に争いのない甲第四号証)

(ロ) 昭和五二年九月二六日引用意匠出願(当事者間に争いがない。)

(ハ) 昭和五三年三月二一日本件本意匠登録(前掲甲第四号証)

(ニ) 昭和五三年八月二日本願意匠(類似意匠)出願(当事者間に争いがない。)

(二)  次のことは当裁判所に顕著である。

前審決は、本願意匠と引用意匠の類似性を認定しただけで、本願意匠と本件本意匠の類否を検討することなく、「本願意匠は、先願に係る引用意匠に類似するものであるから、意匠法一〇条一項に規定する自己の登録意匠のみに類似する意匠とは認められない。したがつて、本願意匠は意匠法九条一項に規定する意匠に該当しないから、意匠登録を受けることができない。」として、引用意匠を引用して本願意匠の類似意匠登録出願を拒絶した拒絶査定を支持した(なお、引用意匠は本件本意匠に類似することを理由に出願を拒絶されている。)。

これに対し、取消判決は本願意匠と引用意匠が類似するとの前審決の認定は支持したものの、前審決が引用意匠が本願意匠に対し先願としての地位を有することを前提として、本願意匠が意匠法九条一項に該当しないと判断しているため、右の先後願関係についての前提判断の当否を検討し、先ず類似意匠登録出願について同条の先後願の判断の基準日がその類似意匠登録出願日であるとしたうえ、前記(一)のような出願、登録の先後関係にある本件本意匠(本意匠)の出願及び登録、引用意匠の出願本願意匠(類似意匠)の出願について次のように判断した。

〈1〉 引用意匠が本意匠登録後類似意匠登録出願前に頒布された刊行物に記載されている場合で

(イ) 引用意匠と本意匠が非類似

(ロ) 出願中の類似意匠と引用意匠が類似

の関係にある場合は

(ハ) 出願中の類似意匠と本意匠が類似

の関係にあつても、出願中の類似意匠は意匠法三条一項二号、三号により登録を受けることができない。

〈2〉 前記〈1〉において(ロ)(ハ)の各意匠の類否関係は前同様であるが、

(イ) 引用意匠と本意匠が類似

の関係にある場合には、引用意匠は本意匠の意匠権の効力の及ぶ範囲に属し、その実施は本意匠の意匠権者に対する関係で許されないから(意匠法二三条、三七条一項)、右引用意匠に類似意匠登録を阻止する効力を認めることは、意匠権者の保護の強化を目的とする類似意匠登録制度の趣旨に反する。したがつて、出願中の類似意匠はその登録を受けることができる。

〈3〉 前記〈1〉〈2〉と異なり、引用意匠が意匠登録出願にかかる意匠である場合で、各意匠の登録出願に前記(一)のような先後関係がある場合において

(イ) 出願中の類似意匠(本願意匠)と引用意匠が類似

(ロ) 引用意匠と本意匠(本件本意匠)が非類似

の関係にあれば、

(ハ) 出願中の類似意匠(本願意匠)と本意匠(本件本意匠)が類似

の関係にあつても、出願中の類似意匠(本願意匠)は意匠法九条一項によりその登録を受けることができない。

〈4〉 前記〈3〉において(イ)の類似関係があるとしても

(ロ) 引用意匠と本意匠(本件本意匠)が類似

であれば、引用意匠の登録出願は意匠法九条一項により拒絶される関係にあるから、引用意匠に先願の地位があるとして後願である本願類似意匠登録の出願を排除する効力を認めることは前示類似意匠登録制度の趣旨に反する。したがつて、この場合前記〈3〉(ハ)の類似関係があれば、本願意匠は意匠法一〇条一項により類似意匠登録を受けることができる。

取消判決はこのような判断を示したうえ、この判断に反して、単に本願意匠と引用意匠の類似性のみで引用意匠に先願としての地位を認め、本願意匠が意匠法九条一項の意匠に該当しないとしてその意匠登録出願を拒絶した前審決を取消した。

(三)  右に説明したとおり、取消判決は、意匠登録出願にかかる引用意匠が本願意匠に対し先願としての地位を有するためには、両者が類似関係にあるだけでは足りず、前記〈3〉(ロ)の要件即ち引用意匠と本件本意匠が非類似であることが必要であるとの判断を示して、右両意匠の類否を判断することなく引用意匠に先願としての地位を認めた前審決を取消したのであつて、取消判決の「引用意匠が本件本意匠に類似するか否かについて判断することなく、本件本意匠に類似することを理由に出願拒絶された引用意匠に先願の地位を認め、本願類似意匠登録の出願を拒絶すべきものであるとした審決は違法であるといわなければならない。」との判示は正に右の点を指摘したものにほかならない。したがつて、取消判決の右の点に関する判断は、前審決取消の理由となつた判断であるから、行政事件訴訟法三三条により、前審決取消後の審判にあたり特許庁を拘束することとなる。

したがつて、取消後審判において特許庁として、引用意匠が本願意匠に対し先願の地位にあり、本願意匠が意匠法九条一項の意匠に該当しないとの理由でその登録出願を拒絶するためには、両意匠の類似性だけでなく、引用意匠と本件本意匠との類似性を認定しなければならないのに、本件審決は前記のとおり引用意匠と本件本意匠の類否について全く検討することなく、引用意匠と本願意匠の類似性のみ認定して、本願意匠が意匠法九条一項に該当する意匠でないとしてその登録出願を拒絶したのであるから、取消判決に示された前記拘束力ある判断にしたがつておらず、違法というほかない。

(四)  そうであれば、本件審決に示された判断だけでは本願意匠が意匠法九条一項の意匠に該当しないとはいえないことが明らかであるから、新たな拒絶理由通知を不要とする被告の前記主張はその前提を欠き失当である。

3  なお、付言するに、取消判決は前記2(三)に引用した部分に引続き、「もつとも、仮に本願意匠が本件本意匠に類似しないとすれば審決の結論は正当であることに帰するが、審決にはこの点の判断が欠けているので、特許庁の判断を先行させるため、この点の判断を省略して審決を取消すこととする。」との判断を示しているが、その趣旨は、引用意匠が前記2に述べた意味での先願としての地位を有すると否とにかかわらず、仮に本件本意匠の類似意匠として登録出願された本願意匠が本件本意匠に類似しないとすれば、本願意匠は意匠法一〇条一項に該当しないから類似意匠登録を受けることができないこととなり、これと結論を同じくする前審決は正当であるが、右の両者の類否の判断は先ず特許庁に委ねるのが相当であるという点にある。

そして、取消後審判手続において、特許庁が右両者が非類似であると判断すれば、本願意匠は意匠法一〇条一項に該当しないとの理由だけでその出願を拒絶しても、もとより取消判決の前記拘束力にふれるものではない。しかし、その場合には新たな拒絶理由の通知が必要であることは、前記1に述べたとおりである。

4  以上のとおりであるから取消事由(1)は理由がある。

三  しかして、右のように本件審決が意匠法九条一項に関する取消判決の拘束力ある判断にしたがつた判断をしておらず、また同法一〇条一項に関し新たな拒絶理由通知も発していない以上、特許庁として前者の点について改めて審理判断をするか、後者の点について新たに拒絶理由通知を発して原告に意見書の提出及び補正の機会を与えたうえで本願意匠と本件本意匠の類否を判断するのが相当であるというべきであるから、その他の取消事由について判断するまでもなく、本件審決は取消を免れない。

四  よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 松野嘉貞 清野寛甫)

別紙(一)、(二)〈省略〉

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